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人間関係のミニマリズム part1

ここ数ヵ月、はてブでホットエントリに上がる度に叩かれるミニマリストブログ。

読んだ人がなんとなく「まだ物欲で消耗してるの?」的な感じに受け取ってしまうのが、高知でトマト作ってる人と同じように叩かれている主な要因だと思うんだけど、実は僕は結構ミニマリズムに共感しているところがある。 というのも…

 

という話は長くなってしまいそうなので、とりあえず今回はおいておく。

 

 

僕は特別たくさん物を持っているわけではないんだけど、かといって少ないわけでもない。未だに紙の本が100冊以上あるし、この夏クローゼットに眠りっぱなしだった服もたくさん持っている。おまけにフィギュアという、ミニマリズム入門者が初日に迷わず捨ててしまいそうなものまである。とてもミニマリストは名乗れない。

 

そんな僕でも、最小限に保っているものがある。

人間関係だ。

 

 

未だにこれというミニマリストの定義はないみたいだけど、僕が一番しっくりくるのは、自分の荷物がバックパックひとつに収まる人でもなければ、布団を持たずに寝袋で寝る人でもない。「自分にとって必要最小限のものだけを持つ人」だ。

 

僕の基本的な考え方は、「人と関わるのが苦手な人たちへ」とか「暇だけど、退屈じゃない」でも書いたんだけど、長ったらしいので簡単に言うと、「人間関係だって最小限でよくない?」ということ。

僕は、物は必要最小限よりも随分余計に持っているけど、人間関係の面ではミニマリストだと胸を張って言える。

そんな僕の人間関係を紹介したい。

 

 

1.家庭

僕は実家暮らしで、両親が健在だ。父は今日もせっせと働いているし、母は家事を全てやってくれる。彼らなしでは、今の僕の生活は成り立たない。言うまでもなく、一番重要なインフラだ。

ミニマリストの中には、洗濯機を持たずにコインランドリーを使う人や、自宅で食事をせずにすべて外食で済ませる人がいる。まあ、僕の場合とはちょっと違うけど、アウトソーシングのようなものだ。僕の場合は、家庭にすべてを丸投げしている。こんなこと書いてるとクズ息子っぷり全開で少し気が引けるけど、まあ仕方ない、事実だ。

家族とは特別仲がいいわけでもないけど、悪くもない。反抗期から抜け出しきれていない僕は未だに「うるせえババア」と思ってしまうこともあるけど、概ね普通に会話できていると思う。今日も一緒におやつを食べた。虐待や毒親といった目を覆うような親子関係が散見される中、かなり恵まれているだろう。

 

2. 会社・学校

僕は来春に卒業を控える大学生なんだけど、ゼミには所属していないし卒論を出す必要もない。卒業に必要な単位も既に取り終えてしまい、今は全く大学に行っていないので、現状、特に集団への所属はしていない

大学では部活やサークルにも入らず、ずっとぼっちを貫いていたので、学内には友人は一人もいない。教授ともプライベートな付き合いは一切なかった。

しかし、来年からは民間企業で働くことになっている。そうなると、どうしても上司や同僚と関わらざるを得なくなる。親しくしておいた方が何かと仕事がしやすくなるし、あまり軽視できない関係だ。

一方、世の中には仕事は仕事と割り切って、職場ではドライな付き合いしかしない人もいる。それはそれで悪くないとも思う。が、自分にできるかというと、まだ少し自信がないし、自分がどうしたいのかもまだわからない。

この辺りは、実際に入社してからでないとわからないので、ひとまず保留。人間関係がスタートしてから考えればいい

 

3.プライベート

会社や学校といった集団の外にも、友人はほぼいない。まあギリギリ友人と呼べなくもない相手は数人いるけど、年に一度会うかどうかといったところ。ここ半年は誰とも会っていない。別にお互い多忙なわけでもない。単にその程度の、知り合い以上友達未満ぐらいの関係ということだ。

寂しい奴だな、と思われてしまいそうだけど、僕はあまりそういう気持ちがなくて、特に困っていない。

そんな客観的には悲惨な状況なんだけど、この先も積極的に友人を作りたいとは思わない。友人がいることによるメリットより、いないことによるメリットの方が大きいと感じているからだ。まあそれは誰にでもあてはまるわけではないので、そういう考え方が気になる人は、「人と関わるのが苦手な人たちへ」を読んでほしい。

 

 

以上がオール・オブ・マイ人間関係だ。

特定の相手としては、基本的に両親としか関わっていない。傍から見れば、かなり残念な人間だろう。それでも、自分が好きでそういう生き方を選択しているので、特にさびしいとかつらいといった気持ちはない。

もちろん、あくまでも「僕にとってそれがちょうどいい」というだけで、「いやいや、最小限の人間関係と言ったってそれはおかしいでしょ」という人もいるだろう。というか、そちらが大多数だと思う。

 

ただ、世の中には自分にとって本当に必要な人以外との関係をあまりにたくさん築きすぎている人が多い気がする。

 

 

大学の学食で一人でうどんをすすっていた頃、ワイワイやってる学生を見て、「たくさん友達いるみたいだけど、それ、本当にみんな友達?」と疑問に思うことがあった。

明らかに一方がもう一方を煙たがっているように見えることもあったし、「友達が多い自分」を演じたいがために、無理をして誰とでも付き合っているような学生も多かった。「みんな自分のキャパシティを超えた関係を築いてない?」と心配しながら、僕は一人でうどんのつゆを飲み干していた。

まあ、そう見えただけで実際どうだったのかはわからないけど、そういう学生はどこにでも少なからずいると思う。

「卒業してからも付き合いが続くのは数人」という話はよく聞くし、本当の友人との関係なんて、それほどたくさん継続できないだろう。「それなら、本当に仲のいい友人との時間を大切にする方がいいんじゃないの?」と疑問に思っていた。いや、ぼっちの僻みじゃないよ!

 

もちろん、本当に仲のいい友人がいる上で浅い付き合いも広くあった方が楽しかったり、特に大学や会社では便利だったりするだろう。メリットがあるのは間違いない。

しかし、例えば、「彼は毎回レポートを写させてくれるけど、口が悪くて一緒にいるとイライラするんだよなあ」なんて不快にさせられる相手はどうだろう。

苦手な相手と付き合い続ける必要はあるのか?

 

大学のレポートの場合は、他の人に写させてもらう、自分でしっかり書く、といった代替手段がある。いや、自分で書くのが本来のやり方なんだけどね。(これはぼっちの僻み)

大学のレポートではなく、例えば仕事で上司が相手なら、「どうしてもこの人でないとダメ」という場合もあるだろうけど、特にプライベートなら関わらずに済む方法がある場合も多いはずだ。

自分が苦手な相手と関わらずに済む方法があるなら、当然そっちを選ぶ方がいい。

 

 

それなのに、世の中には必要もないのにわざわざ無理をして苦手な相手と付き合っている人が多いように思える。

本当にその相手と付き合う必要があるのだろうか?

ないのなら、関わらない方がいいじゃないか。

 

その人間関係を維持することによるデメリットがメリットを上回っているのなら、その関係は自分にとって本当に必要なものなのか、考え直す必要があると思う。

 

 

 

 

なんだか長くなってしまったので、分割して次回に続きます。